オークの小箱(その2)
(岩本陽児:文)
イギリスの木と文化(1)
本欄の前回、ブリックリングホールのおばけちゃんのお話は、幸い、好評をもって迎えていただきました。そこで調子に乗って、おばけちゃんの話をもひとつ、ふたつ。えい、おまけで三つ、と、原稿の準備を進めておりましたところ、技術陣の方から「それじゃあ毎回お化け特集になってしまう」というクレームがつきまして、しぶしぶながらの先送り。今回はおとなしく、「オークの小箱」らしいお話にいたしましょう。つまり、材木のお話です。
I:エルムと職人魂
イギリスのカントリーサイドは、それはそれは美しいものです。今は冬枯れの季節ですが、森は四季折々の表情がとても豊かです。そこで育った木を美しく加工する技術も、この国の伝統文化のひとつ。今回のお話は、レディング大学、田園生活博物館の技官、ディビッドさんの受け売りと思ってください。
彼は、かつてイングランドの家具の町としてして知られていた、ロンドン西北はバッキンガム州ハイ・ウェイコムの出身で、数年前にレディング大学に移って来られました。木製品の生き字引のような方です。この日も彼が博物館の収蔵品を修復している工房で、たんとお話を聞かせてもらいましたよ。
イギリスの農村では、昔からさまざまな木製品が製作されてきました。小は、鋤・鍬のたぐいから、大は馬で引いたり、後には蒸気エンジンで引っぱったりした大型のワゴン(荷車)まで。
(ちなみに、大型のワゴンと聞いて、ここでナショナルギャラリーにあるコンスタブルの代表作を思い浮かべたあなたは立派。やはりあれは最高だなあ。それにしても、昔、日本にやってきたコンスタブル展は、後から思えば2級品ばっかりだったこと。イギリス人のやる事といったら、国宝級はちっとも、国外に出さなんだ。その2級コンスタブルでさえ、すごいと思って感動していた、不肖私の、今は昔。)。
さて、彼、ディビッドさんの目下の仕事というのが、コンスタブルの絵に出てくるような時代物のワゴンの修復なのです。丈夫な作りとはいえ、さすがに150年も経つうちに、ペンキの油に守られている表面近くはしっかりしているのに、内部で腐朽が進行してスカスカ。念のために外してみてびっくり、何じゃこりゃというものも珍しくありません。で、あくまで本物志向の彼にとっての問題は、こういった‘木で出来た品物’が各部で材種をちゃんと使い分けてあるために、場合によってはオリジナルの素材の入手が困難なため、今となっては本当の意味での修復が困難な場合すらあるという事だそうです。そこで、本物の素材とあらば東欧あたりからでも手に入れようということになるらしいのです。
たとえば...
こうしたワゴンや、移動生活をしていたジプシーが住まいにしていた屋根付きワゴン。これらの輻(や。スポークのこと)が集まってくる軸受けの部分は、材にした状態でさしわたし一尺余りあるような太いエルムの木で作られているのです。もとは余程の大木だったはずです。エルムは、日本で言えばまあ楡や欅のなかま。固くて緻密な材に繊細な木目が美しく入っている銘木です。そういえば、長崎の古い料亭で、床の間に欅を使っているのを見た事がありましたが、贅沢な話です。これで軸受けを作ると、どんなに力が加わっても決して裂けたりしないといいます。
ところが、こうしたエルムの材は現在、イギリス中探してももうありません。というのは、1970年代の半ばにグロスター州から全国に大流行したオランダ立ち枯れ病のために、数年のうちにイギリス中で何百万本もあったエルムの大木が絶滅してしまったからです。あるカントリーハウスでは、そこだけで8000本もの枯木を切り倒して燃やさなくてはならなかったといいます。その後、この病気に耐性のある系統がスコットランドで見つかり、各地に植林されていますが、いかんせん、まだ若木。
ディビッドさんは、とっておきのなめらかな厚板を見せてくれました。この青みのかかった木目が独特で、きれいなんだよねえ。これはウィッチエルム(魔女の楡の木)の方で本物のエルムじゃないけれど。大木になったときにエルムのように姿の良い木はちょっと他にないだろうねえ、昔はどこにでもあって、イギリスの風景の一部になっていたのに、それがもうなくなってしまったというのは、ほんとに惜しい事をしたものだ、とはディビッドさんの談。
どうでしょう、なくなった後にここまで惜しんでもらえるという木はめったにありますまい。日本の松の木だって、エルムほどに劇的ではなかったにせよ各地で枯死したわけですが、それをこんな風に残念がる人には会わなんだなあ。
もはや重い荷物を運ぶでもない、それに、ペンキを塗ってしまえば材が何だったかなんて分からなくなる荷車のパーツとは言え、軸受けは昔からエルムの木と決まっていて、オリジナルの修復のためとあらば東欧あたりからでも探してくる事になるというのが、イギリス人の本物志向。まったく、恐れ入るではありませんか。日本の牛車などでもこのような部材の使い分けがきっとあったのだろうと思うのですが、どなたかご教示いただけませんか。
このほか、ブナの木は轆轤で挽いて、椅子の足に使っていたとか。それには生木を使って挽くものだから、木屑はリボンみたいにしゅうっと伸びてねえ、と、彼の談。生木の甘い匂いまで届いてきそうです。この他、重くて固いオーク(樫というより楢の仲間)は、古いところでは中世の家具や大英帝国海軍の軍艦、お屋敷の部屋のパネル(内装の板張り)に使われていたものですし、生長の遅いユー(yew)の木は、詰んだ木目を生かしてやはり轆轤でつややかな蓋ものなどに細工されます。ちゃんと目的に応じて使い分けが行われているのです。
次回はこのユーの木についてお話します。
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1 st published : 07.Dec.97
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